今回のコンピレーション・アルバムをプロデュースするにあたり、参加するアーティスト全員にある一つの共通のテーマを伝えました。それは「VERNACULAR(地域性)」という一つのキーワードです。インターネットを含むテクノロジー/ネットワークの発展により、私たちにとって国境を越えたコミュニケーションは容易なものとなり、現在では世界中のアーティストとのコラボレーションや、インターネットを通じた様々な音楽作品を手軽に試聴、ダウンロードして楽しむことが出来ます。しかしその一方で、情報過多による文化的な画一化を促す弊害も多分に含んでいるように感じられます。
かつて音楽はそれぞれの場所に合わせた地域独自の固有の文化としてありました。例えば建築家が与えられた敷地に対して固有の環境条件(風土や地形、文化的背景)を読み取りながら建築を設計するように、音楽にヴァナキュラーな要素を持ち込めないだろうか?モダニズムによる地域性や民族性を超えた普遍的なデザインによって切り捨てられてきた「VERNACULAR」について、今まさに再考すべき時が訪れているのではないだろうか?
それぞれの国における音の意味や扱い方は様々であり、その美意識とは国や地域特有の文化、生活、歴史観などに大きく左右されるものです。それは単にその地域の環境音のことではなく、例えば日本の雅楽における持続音が、自然との調和、朽ち果て再生するプロセスそのものへの最も日本的な美意識の表れでもあるように、それぞれ参加アーティストはこのコンピレーション・アルバムのために自国の美意識を独自に解釈し作品を制作しています。
VERNACULAR、それは固有の風土や文化によって培われたそれぞれの歴史である。
それらは長い年月の中で、互いに関係し、影響を与え合いながら複雑に織られたまさしく一つの繭(まゆ)のようでもある。
作品の監修を務めた小野寺氏がそのコンセプトの中において語っている、人々が自身の環境と決して無関係ではいられないような何か―。それは、場所や言語も異なる人々同士が結び合うたった一つの関係(繭)そのものであるとも言えるかもしれない。
今作品のアートワークを手掛けるにあたって、わたしはこの繭をひとつの建築モデルとしてデザインすることは出来ないだろうかと考えた。
それぞれの国や場所が互いに様々な違いや隔たりを持ちながら、それでも決して互いを切り離し、分かつことが出来ないような“ひとつの関係性”は、まるで夜の広大な海原を果敢に航海する幾多の船と彼らを等しく照らし、導くたった一つの北極星の輝きのようでもある。
西はアルゼンチンから東はオーストラリアまで。11の国々の船が刻む進路図をわたしはそれぞれが北極星という原点座標に対してもつ比率(プロポーション)として設定し、そのプロポーションを座標軸に沿いつつ展開させることで一つの繭となるモデルの生成を試みた。繭が織り続けられる中で立ち現れたサーフェイス(表面)は、まさに収束しつつある一つの関係性の内部で、それでも尚、“無関係ではいられない”〈VERNACULAR〉という創造性本来の姿である。
この作品に触れるあなたの耳が彼らの航路を辿り、聴取が繭を一本の糸へと紐解くとき。その弦の響きがあなた自身の向かうべき北極星に輝きをもたらすことを、この奇跡的な作品に関わることのできた一人として心より願ってならない。
オーストラリアをベースに活動するコンポーザー、メディアアーティスト、キュレーター。多岐にわたり美的探求を続ける彼の作品は、景観、認識、記憶に関する問題を提起する。ライブパフォーマンスやインスタレーションなど様々なアプローチを利用して、空間の微かな変化を熟考した作品の制作や、知覚の端に存在するものへの気づきを聴衆に喚起するための活動を行っている。
音楽家 / サウンド・アーティスト / 建築音響デザイナー。音楽と建築を学んだ後、CRITICAL PARHを主宰して「空間/環境から捉えた音の機能と関係性」をコンセプトに音と音がつくりだす空間を含めたサウンド/スペース・デザインを手掛ける。suisei (and/OAR)、SYNERGETICS(DRONE RECORDS)など国内外のレーベルよりソロ・アルバムを発表、ポルトガルのThe Beautiful Schizophonicや、アメリカのCelerとのコラボレーション・アルバム、その他これまでに国内外のコンピレーションやリミックス・アルバムにも数多く参加し国際的な評価を得る。NTT InterCommunication Center、岩手県立美術館、川越市立美術館など様々なシーンでのライブ・パフォーマンスを展開し、コンテンポラリー・ダンスや舞踏の為の作曲、映像のための楽曲制作や建築音響設計などその活動は多岐に渡る。
1990年代初頭よりアーティストとして、また音、映像、場所、社会的な共同制作物など様々なものを組み合わせる文化コーディネーターとして活躍している。
音に関わる彼の興味および仕事は、フィールドレコーディング、キネティック・スカルプチャー、電子音響の作曲、パフォーマンス、空間認知、音響学、映画制作、グループワークショップ、リスニングの訓練など多岐にわたる。彼の作曲は、SIRR、Staalplaat、Erewhon、Intransitive、Cut、Elevator Bath、CMR、Orogenetics、Mystery Sea、Invisible Birds、and/OARなどの世界中のレーベルからリリースされている。
1974年アテネ生まれ。90年代初頭、FMラジオのジャズ番組のプロデューサーとして、また様々な音楽雑誌のコラムニストとして音楽との関係をスタートさせた。彼が音楽を作り始めたのは約7年前で、現在は主にピアノをベースとし、シネマトグラフィー、憂鬱さ、散在する音、長いメロディーなどを特徴とする、表情豊かな音楽を形成するようなミニマル・アンビエントにフォーカスしている。彼の音楽は様々な映画、ドキュメンタリー、アート・パフォーマンスなどでも取り上げられている。彼はまた、もう一つのプロジェクトPill-Ohでも活動しており、去年の10月にKitchenレーベルよりアルバム「Vanishing Mirror」をリリースした。
イタリアのペスカーラ チッタ・サンタンジェロ出身のRossano PolidoroとEmiliano Romanelliによって1998年に結成されたマルチメディア・デュオ。二人は電子音楽、ビデオアート、フォトグラフィー、グラフィックデザインの分野で2011年まで活動した。デジタルおよびアナログ機器の個人的な使用を通じて、TU M'は現在および過去からなる複雑な世界を明らかにした。
1997年結成のドイツ、ブレーメン在住のデュオ。二人は、有名なインダストリアル・アンビエントのグループ、MAEROR TRIとして以前は活動していた。TROUMとは、古いドイツ語で「夢」を意味する。無意識の重要な表れとして見られる夢は、聞き手に催眠をかけて言葉以前の原始の意識領域である夢幻状態へと誘うというTROUMの狙いを象徴するものである。TROUMは音楽を無意識への直通路、人間の心の奥にある原始的「本質」を指し示すものとして利用する。TROUMは無意識の事柄の直接変態として働くような音楽の創造に取り組んでいる。
Jos Smoldersは、1980年代の初頭に電子音楽および電子音響/音楽の作曲家としてのキャリアをスタートさせた。音楽の出版の他に、アンダーグラウンド電子音楽についての批評や記事の出版にも携わった。1987年以来、音響研究の実験室であり、現在は主にマスタリングスタジオとなっているEARLabsを運営している。EARLabsでプロデュースおよびマスタリングをした音楽は、Scanner、Jozef van Wissem、Tobacconists、Beequeen、Stilluppsteypa、Vincent Bergeron、Nils Rostad、Merzbow、その他多数。
1972年生まれのYVES DE MEYは、ドラムンベース、ブレークビーツのプロデューサーとしてキャリアをスタートさせるとすぐ、よりエクスペリメンタルな方面へと進み、劇場やパフォーマンス、コンテンポラリー・ダンスや映画などのための音楽に携わった。それと同時に彼は、いくつかの大規模なサウンド・インスタレーションの制作もした。長年にわたって彼の作品は、彼自身のレーベルKnobsoundsから、またLine、Time to Express、Sandwell District、Morseなどのレーベルからリリースされている。彼はまた、Peter Van HoesenとともにSendaiとしても活動している。
1970年生まれのサウンドアーティスト/作曲家。英国にてポーランド人とカナダ人の両親の間に生まれる。Royal College of Artで建築を学んでいた際(RCA annual prizeを受賞)、起動したディクタフォンが郵便局の中で一晩かけて移動される時の音の断片ノイズを録音した。「Recorded Delivery」と名付けられたこの作品は、かつて郵便局員であったBrian Eno、およびArtangelとともに、展示「Self Storage」のために制作された(雑誌「Time Out」の批評家賞を受賞)。1997年の作品「Tri-phonic Turntable」は、「世界で最も多用途のレコードプレーヤー」としてギネスブックに載る。2008年にはPaul Hamlyn Awardで作曲家賞を受賞、またThe British Composer of the Year AwardのSonic Art部門で受賞している。
イギリスのケンブリッジ出身のマルチインストゥルメンタリスト、作曲家、サウンドデザイナー。2012年に12kよりリリースされた彼の三枚目のアルバム「Below Sea Leve」は、イースト・アングリアの沼地帯でのフィールド・レコーディングをもとに、Max/MSPで処理し制作された。次いで、Taylor Deupree、Illuha、Marcus Fisherとのコラボレーション・アルバムである「BETWEEN」が12kからリリースされた。有名なドイツのレコードレーベルKompaktのコンピレーション・アルバム「Pop Ambient 2012」には、彼の「For Martha」という曲が収録されている。彼はまた、レーベルKESHの運営も行っている。フィンランドのアーティストHannuのプロデュースや、シューゲイズ・バンドSlowdiveのドラマー(1990年〜1994年)としての経験も持つ。
Dale Lloydは、サウンドアーティスト、パブリッシャー、グラフィックデザイナー、プロデューサー、ミュージシャン、ビジュアルアーティストとして25年以上にわたって活動している。2001年に、環境に関する録音資料、サウンドアート、アバンギャルドおよび電子音楽に関わるアーティストのサポートおよび出版を目的として、and/OARレーベルを設立した。
1970年生まれ、ニューヨーク市在住の作曲家。オープンソースミュージックの擁護者である彼は、ウェブサイトを通じて自らの作品を自由に発表しており、彼のウェブサイトでは、出版されたすべての録音のアーカイブが自由に利用できるようになっている。彼の音楽は、Sub Rosa、12k、 Line、 Sirr、 Leerraum、 and/OAR、Room40などのレーベルからもリリースされているほか、様々なネットレーベルやその他のソースからもネット上でリリースされている。
Kim Casconeは、電子音楽に関する長い経歴を持つ。1970年代初頭にバークリー音楽大学で電子音楽の正式な教育を受けた彼は、1976年にニューヨークのThe New SchoolでDana McCurdyと共に勉強を続けた。80年代にサンフランシスコに移住し、オーディオ業界で電子技師としての経験を積むと、彼は映画「ツインピークス」と「ワイルド・アット・ハート」においてアシスタントの音楽編集者としてデビッド・リンチとともに仕事をした。1991年には、1986年に立ち上げた自身のレーベルSilent Recordsに専念するために映画業界を去るが、後にこのレーベルはアメリカで一流のアンビエント電子音楽レーベルとなった。彼は1984年以来、電子音楽シーンで40枚以上のアルバムをリリースし、レコーディングやパフォーマンスでの共演者には、Merzbow、Keith Rowe、Tony Conrad、Scanner、John Tilbury、Pauline Oliverosなどがいる。彼はまた、ポストデジタル音楽およびラップトップ・パフォーマンスにフォーカスしたメーリングリスト .microsound の創設者でもある。
カリフォルニア州パサデナ在住のビジュアル/サウンドアーティスト。彼の作品は、絵画、スケッチ、彫刻、映画/ビデオ、サウンド・インスタレーション、文章、パフォーマンスなど多岐にわたる。1978年にロサンジェルスのパンクバンドseditionariesのリード・シンガーとして音楽人生をスタートさせた彼は、80年代の中ごろ、パンクシーンに別れを告げアートスクールに入学すると、楽器、物体、フィールドレコーディイング、コンタクトマイクなどを使って静かでアブストラクトなサウンドスケープの制作を開始する。1993年にin be tween noise名義で初めてのCDをリリース、1994年にはサウンド・インスタレーションによる活動を開始、音と場所、建築間の会話を探検するようになる。彼のヴィジュアル/サウンド作品は、過去20年以上にわたり世界中の多数のアート・スペースで展示されてきた。また彼は、自身のレーベルnew plastic musicから、またその他の様々なレーベルから、これまでに50枚近くのソロ作品をリリースしている。
内省と喜びを探し求める音を織り込んだ、シンプルなメロディーとフィールドレコーディングによる音楽作品を制作する。
シュトックハウゼンは《テレムジーク》や《ヒュムネン》といった作品において、世界のあらゆる音楽を統合することで、離れた時空間を超越した普遍性を持った「世界音楽(Weltmusik)」をめざした。一方、電子音楽は、電子楽器が音楽的には文化的背景に依存しないため、その音楽が音楽家自体のアイデンティティへ回帰するという傾向を少なからず持っていた。そして、この20年ほどの電子音楽におけるミニマリズム、エレクトロニカといった動向は、たとえばデジタル化、インターネット環境によって、ある種の均質化へといたった。しかし、その中に、より微細な差異を持ったヴァナキュラーな音響作品は可能だろうか。ドビュッシーが西洋音楽の外側に音楽の異なるあり方を聴いたような、異文化間の浸透は可能だろうか。このコンピレーションは、そうした、ある意味困難とも言える状況への問題提起であるだろう。
- http://ryujifujimura.jp/
小野寺が「ヴァナキュラー」と名付けた試みには、2つの意思があるのではないかと思う。
ひとつは情報化時代の「音楽」を探すこと。もうひとつはこれまでの実験音楽が対象化していなかった領域を探すこと。かつて建築の領域には、アメリカのエンジニアを見よ、彼らが設計した小麦サイロこそが「建築」だと言ったコルビュジエや、スペインやスーダンの食糧倉庫にこそ「記念碑性がある」と主張したルドフスキーがいた。小野寺は音楽でその道を探ろうとしている。